失はれる物語
乙 一 『失はれる物語』(角川書店)
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目覚めると、私は暗闇の中にいた。
交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、
五感の全てを奪われていたのだ。
残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。
ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、
日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。
それは永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが…(表題作)
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「Calling You」、「失はれる物語」、「傷」、
「手を握る泥棒の物語」、「しあわせは子猫のかたち」、
「僕の賢いパンツくん」、「マリアの指」、
あとがきにかえての書き下ろし「ウソカノ」、
の、7編というか8編の短編集。
それぞれに乙一らしさが滲み出ているのだけれど、
個人的には、「Calling You」、「傷」、
そして表題作の「失はれる物語」が好きかな。
誰にでもあるその瞬間の切実な、
切実過ぎて痛いほどの願いや望み、
上手に隠しているようでも、
隠しきることなど到底出来るわけもない、
涙が出るほどの、痛みを伴う切なさと悲しみ、
そして、埋めようのない孤独と心の悲鳴。
手が届くのなら抱きしめたい。
声が届くのなら伝えたい。
想いが届くのなら優しくなりたい。
赦されるのなら傍にいたい。
認められるのならば謝りたい。
愛されるのなら愛したい。
止め処なく溢れる切なさを、
痛みさえ伴うほどの切なさと、
切実な心の声を、
言葉の端々に、語間に、
そして、言葉の裏側に、
惜しみなく響かせた1冊。
他作品『君にしか聞こえない』にも収録されていて、
”べた”な話かもしれないけれど、
「Calling You」は是非、読んで欲しいと思う。
どんなにイマが辛くても、
ミライを生きる自分自身が、
力の限り、精いっぱいに、
涙に暮れるイマの自分を、
励ましてくれるから。
あなたは決して孤独ではないよ、と。
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